神経科学の周辺など

興味の中心:神経系の発生と進化

〔総説の紹介〕「神経発生の謎を理論的なモデルで解く」(1/?)│モデリングをやると、どんないいことがあるのか? の巻

 Using theoretical models to analyse neural development|Arjen van Ooyen|Nat Rev Neurosci. |2011 の紹介をやっていく。翻訳ではなくて紹介だし、ほとんどが僕の主観なので、あくまで読み物として楽しんでもらえればと思う。なお事実についての誤認があれば修正するし、万が一怒られた場合さっさと消す。

 ここで紹介する内容を短くまとめると、

  • 神経発生の問題には、高次構造としての神経回路網と、その基盤となる低次のメカニズムの連携がうまくないというのがある。モデルは各レベルでの検証に役立つし、ひょっとするとそれらの統合をやってのけるかもしれない。
  • 実験がモデルを強くし、強いモデルは実験に役立つ。両者は噛み合って真価を発揮する。
  • この総説では、モデルがうまくいった色々な例をつまみ食いする。そして将来の課題についても考える。

 という感じになる。こう書くとまあ大したことは言っていないようにも見えるが、興味がある向きは続きをどうぞ。

 神経発生というのはかなーり込み入った現象だということについては、多くの人が同意するんじゃないだろうか、というような当たり前の前提からこの総説ははじまって、それがどういうふうに込み入っているのか? 何が神経発生の問題をこんがらがったものとしているのか、という部分を軽く整理している。

 神経発生の物語は、生殖細胞の形成にはじまって機能的な神経回路の完成と維持管理に至るまでの長い道のりとも言えるわけだし、そこではさまざまなレベルで組み上げられた仕組みが働いている。つまり、

  • 分子レベルでは細胞間を傍分泌因子が行き交い、膜状のタンパクも問題になり、細胞内ではややこしいパスウェイが発現調節やら細胞骨格のチューニングやらをせっせと行っている

わけだし、そういう基盤によって

  • 細胞は分裂したり分化したり動いたり突起を伸ばしたりしている。

さらには

  • そういう個々に制御された細胞同士の連携が、シナプスによって連絡された神経回路網の構築という大仕事を成し遂げている。

 実験的な方法というのは、こういう様々なレベルでの事実関係を洗ってゆくのには強力である一方、高次構造としてあらわれる神経回路網の性質を、より低次の基盤に還元するのは苦手だ。ここにおいてモデルはその有用性を示せそうだと筆者は考える。

 というようなイントロにつづいて、同じ話がもう一度、もう少し詳しく、説得力をもった形で反復される。こんな感じだ。

 神経発生のあらゆる局面については、最近になって多くの知見が寄せられている。

 そうした知見には早期発生における形態形成因子の役割に関する情報が含まれている。例えば軸索誘導という、神経が出力繊維をターゲットに向かって伸ばしてゆく段階において、伸長方向の「手がかり」の役割を果たす分子や、神経細胞の形態形成やシナプス形成の基盤となる、細胞内における分子レベルでの調節機構がそれにあたる。

 数学的、計算的なモデルは、そういった分子レベル、細胞レベルにおいて検討されるようなふるまい、神経系の構築を牽引している過程についての視座を与えてくれる。

 量的な情報を扱う際にもモデルは役に立つ。例えば軸索の移動を引き起こす、可溶分子の下限濃度の計算には意味があるだろうし、理論的なアプローチによって、多くの因子を含む反応がもたらす結果を予測することもできるはずだ。分子レベル、細胞レベル、神経配線レベルのすべてにおいて、そういった多因子反応というのは観察されているのだから、この方法はきっと潰しが効くし、実験的な方法によってこういう予測を立てるのはちょっと厳しいんじゃないか。

 そしてもっと重要なのは、モデルはこういう特質によって、神経系が次第に組み上がるという現象の裡に潜んでいる、原理の発見に貢献できるということだ。

 言わずもがな、実証的なデータが集まることで、より強力なモデルを組むことは容易になるここでの強力っていうのは、ちゃんと実際の生物学的過程に対応してるっていう意味ね。そして強力なモデルからは、まともに使えそうな予測が導けるし、そういう予測は実験的に検証できるだろう。

 要は何が言いたいかというと、実験的方法と理論的方法がうまく噛み合えば、双方にとっていいことはいっぱいあるってこと。ともすれば実験屋は行き当たりばったりにデータをかき集めるだけの仕事をやりがちだし、理論屋が組み立てるモデルは使い物にならない。これはある種、生物を扱う仕事が逃れられない性質でもあるのかもしれない。しかし双方が協働すれば、もしかするととんでもなくでかいことがやれるかもしれないと筆者は期待している。

 この総説では、神経発生のいろんな段階について、いま考えられているモデルを概観している。いろんな段階というのは、それこそ神経管の発生から、シナプスによって結び付けられた回路の構築に至るまでのぜんぶだ。

 数あるモデルからここで紹介するものを選び出すのにあたっては、

  • 互いに異なった性質を持っている発生モデルを比較したり、異なっていることそれ自体を示すのに役立つこと
  • モデルを使った研究から得られた知見、予測をきちんと示すことができるものであること
  • これからのモデル研究の可能性と課題を強調するのに役立てること

 を心がけたそうだ。