実験圃場3号

神経科学とEvo-Devo、SF小説に興味があるので、それらについて何か書く。

〔総説の紹介〕「神経発生の謎を理論的なモデルで解く」(2/?)|神経管形成の巻

 レビューのレビュー第2回。注意書きは初回の投稿を見てほしい。

 例によって要点をまとめると、

  • 神経管形成って何よ、の説明。
  • シグナリングの程度問題として記述すると、脊椎動物と無脊椎動物の神経発生が「見た目より似てる」らしいことが明らかに。
  • 神経管形成の3Dモデリングも大事なところで、ここでもモデルの強みが活かされてる。

 これじゃなんのことかわからないので、本文を読みましょう。

 筆者は神経管発生のモデリングについて書くにあたって、おそらくはこのジャンルに不慣れな読者を想定して、発生生物学が明らかにしてきた基本的な事実の確認を行っている。しかる後に理論屋が、神経管発生のどういう部分に着目してモデリングをやってきたのかについて示し、さらにはそうしたモデルによって、脊椎動物-無脊椎動物間にある神経管発生機構の差というものは、実は質的には小さくて、量的な変更によってスイッチできるようなものなんじゃないの? という示唆が得られたということを書いている。

 ここからは完全に僕の感想になるが、これは脊椎動物と無脊椎動物の共通祖先から、ふたつの種族がどのように分化してきたのか、最初は同じものだった形作りのプログラムが、どのように「似ても似つかぬ」形態を生み出してきたのか、という問いについて、かなり重要な指摘を含んでいると思う。

 よく言われるように昆虫の神経は腹側に走っており、僕たち人間の脊髄は背側を通る。脊椎動物のボディ・プランは、元々無脊椎動物のように、腹側に神経をつくるプランを逆さま《upside-down》にしたものなのではないか? という仮説を支持している人もけっこういる。してみると、両者に通底する仕組みがあって、それが今に至るまでよく保存されているというのは、このupside-down仮説を支持するものと言えそうなのだ。もちろん性急な議論は禁物だし、あくまで推測の域を出ない話ではあるが、非常に面白いものであることに変わりはないと僕は思う。

 無脊椎動物脊椎動物の、この段階における神経発生の違いとしては、さっき挙げた「逆さまの」配置だけではなくて、脊椎動物においては体表にあった神経板が閉じて神経管を作るのに対し、昆虫のような無脊椎動物では、神経芽細胞《neuroblast》が体内で分離するという、形態学的に大きな差異もあるんだけど、モデルの偉いところは、こんなふうに一見しただけでは完全な別物にも見える両者を、差異をシグナリングの程度問題へと帰着させるという形で、統合してしまえるというところにある。これは実験的な蓄積だけではなかなかやれないことだ。

 神経管発生に関わるもう一つのトピックとして、筆者は3Dモデリングの話をしている。細かいパスウェイや細胞の移動を調べても、そこから全体像を描くのはなかなかしんどく、また動力学的な問題は、従来の生物学的方法の弱点でもあるように見えるんだが、3Dモデルを作って発生過程をシミュレートしてやれば、実験的な事実から想像される、形作りの仮説を検証してやることができる。もちろん仮説を組むに当たっては、物理的にどうかという話をやる必要があるので、それはそれでやっていくことになるだろう。